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	<title>吉濱ツトム公式ブログ「未来への思考法」 &#187; 病気は気づきのためではない | 吉濱ツトム公式ブログ「未来への思考法」</title>
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	<description>吉濱ツトム公式ブログ　「未来への思考法」</description>
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		<title>病気は気づきのためではない（２０）</title>
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		<pubDate>Thu, 21 May 2015 05:11:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[yoshihamat]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[新しいスピリチュアルを構築しよう]]></category>
		<category><![CDATA[病気は気づきのためではない]]></category>

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		<description><![CDATA[まずは、「病気は気づきのためではない（１９）」を読んでね。 にもかかわらず、変わらず人生は途切れることなく続きます。 日常生活を支えるためにすべきことが、山のように立ちはだかっています。 残念ながら、その一つ一つが、意味 ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>まずは、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/366">「病気は気づきのためではない（１９）」</a>を読んでね。</p>
<p>にもかかわらず、変わらず人生は途切れることなく続きます。<br />
日常生活を支えるためにすべきことが、山のように立ちはだかっています。<br />
残念ながら、その一つ一つが、意味を成さない「気だるい敗戦処理」の作業に位置づけられてしまうのです。</p>
<p>効率が落ちるだけならばいいのかもしれません。<br />
（本当は良くない。日本の停滞は、生産性の低さが直接要因）</p>
<p>しかし、それだけに留まることはない。</p>
<p>・作業の質の低下<br />
・それによる問題発生率の上昇<br />
・問題解決力の低下<br />
・根幹的な改善方法の作成と実行力の低下</p>
<p>といった、副次的な障害が発生します。</p>
<p>それらを慢性的に抱えていれば、日常生活に降り掛かる問題量は、より増大してしまうのは明らかです。</p>
<p>ただそんな状況に陥ったとしても、「気づきのため」という理解を学習してしまった人にとって、それを「痛み止め」として、持ち込む以外に自分を支えるための対処は存在しません。</p>
<p>そして、その薬の効果が切れたときに、</p>
<p>５・第三者から与えれた抗えない試練なので諦めるしかない、という絶望的な心境が生まれ、生活全般にそれが波及し後ろ向きな日常を送ることになる</p>
<p>が、より強度を強めて、再び自分を侵襲します。<br />
もう一度、薬に手を伸ばさざるを得ません。<br />
負の循環が、形作られます。</p>
<p>「病気は気づきのため」という、本質として正しい（？）認識を手に入れてしまったがために。<br />
もうそろそろ、既存の「気づき」が持つ世界観は、大きく瓦解したほうがいいのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>病気は気づきのためではない（１９）</title>
		<link>https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/366</link>
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		<pubDate>Tue, 19 May 2015 23:36:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[yoshihamat]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[新しいスピリチュアルを構築しよう]]></category>
		<category><![CDATA[病気は気づきのためではない]]></category>
		<category><![CDATA[脱スピリチュアル]]></category>

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		<description><![CDATA[まずは、「病気は気づきのためではない（１８）」を読んでね。 １・感情は物事を細分化して捉えることができない ２・にもかかわらず、思考は感情から生まれている この１と２という性質が、「病気は気づきのため」という理解を、いつ ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>まずは、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/365">「病気は気づきのためではない（１８）」</a>を読んでね。</p>
<p>１・感情は物事を細分化して捉えることができない<br />
２・にもかかわらず、思考は感情から生まれている</p>
<p>この１と２という性質が、「病気は気づきのため」という理解を、いつのまにか「苦しみの全ては気づきのため」という拡大解釈へと至らせるようになります。</p>
<p>日常生活における痛苦の度合いがごく軽微、もしくは発生頻度がわずかであるならば、その理解を持ち込んでもさほど問題ではありません。</p>
<p>しかし、多くの人は</p>
<p>・実際の出来事としてその反対状態にある<br />
もしくは<br />
・そうでなくても、「防衛本能上」、常に問題を見つけては頭を悩ます状態にある</p>
<p>（人は利便性を手に入れても、それに感謝するのは刹那。その後は別の不満を見つける。例え、iPodになって、煩わしいMDの管理はなくなったが、今度はCDの同期が面倒くさいと思ってしまう。人類史上、飢餓から抜け出せたのは奇跡だが、それと同時に味に文句をつけるようになる）</p>
<p>のどちらかです。</p>
<p>ゆえに、人は苦しみを常態的に、なおかつ大量に抱えることが宿命（？）となっています。</p>
<p>そこに、先述の拡大解釈という「癖」が、伸し掛かってしまう。<br />
すると、日常生活の全てが、「高次の存在という第三者から与えれた気づき」で蔓延してしまいます。</p>
<p>しかし、その気づきには、抗うことはできない。<br />
嵐が過ぎ去るまで、耐え忍ぶしかない。<br />
ただ、過去、痛痒が途切れた時期は存在しなかった。<br />
必然的に（？）これからも未来永劫的に、日常生活は晴れることはないだろう、という結論に至ってしまう。</p>
<p>人にとって、改善不能という絶望が確定された未来を約束させられるほど、やる気を奪われることはありません。</p>
<p>続く。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<title>病気は気づきのためではない（１８）</title>
		<link>https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/365</link>
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		<pubDate>Mon, 18 May 2015 23:23:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[yoshihamat]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[新しいスピリチュアルを構築しよう]]></category>
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		<category><![CDATA[脱スピリチュアル]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; まずは、「病気は気づきのためではない（１７）」を読んでね。 第三者が絡んだ問題に苦しむ典型例です。 （子どもを悪者にするつもりはないよ） 病気は本来、その多くが自己完結的に発生している課題です。 （気づきの ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>まずは、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/363">「病気は気づきのためではない（１７）」</a>を読んでね。</p>
<p>第三者が絡んだ問題に苦しむ典型例です。<br />
（子どもを悪者にするつもりはないよ）</p>
<p>病気は本来、その多くが自己完結的に発生している課題です。<br />
（気づきの面があることは否定しない）</p>
<p>決して、他者を始まりにして起こっているものではありません。<br />
（遺伝性疾患はさておき）</p>
<p>しかし、「気づき」という概念を持ち込むことで、子育てと同じように第三者を主体とした難事に位置づけられます。<br />
（この編の<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/354">（７）</a>を参照）</p>
<p>自分では操作不可能な存在であり、「病を与えた何者かからの許しが出るまで、消え去ることはないのだ、」と。</p>
<p>その認識が、病気だけにとどまるのであれば、さほど厄介ではありません。<br />
しかし、そうはならない。<br />
その他に発生している日常生活全般における疾苦に対してまで、及んでしまいます。</p>
<p>１・感情は物事を細分化して捉えることができない<br />
２・にもかかわらず、思考は感情から生まれている</p>
<p>ために。</p>
<p>１について。</p>
<p>感情は、極めてアナログ的なので、出来事別に割り切って細分化することはできません。</p>
<p>仕事が失敗して落ち込んでいるという感情状態は、私生活全般においてもしつこく侵襲してきます。<br />
その反対も、よくあります。<br />
仕事により私生活が支えられているのは事実ですが、何の利害関係のないバーベキューまでつまらなくさせてしまうのは、その典型です。<br />
感情が不必要に、多岐に渡り連動してしまっています。</p>
<p>２について。</p>
<p>思考と感情は、相反するものと認識されがちですが、どんなに論理的な思考であれ、感情を起点とした親子関係にあります。</p>
<p>ウツという感情（？）傾向の人は、可能性を狭める結論を導きがちです。<br />
ソウ状態にある人は、誇大的な推論を展開します。<br />
怒りが強い人は、批判的な論評を展開します。</p>
<p>感情により、思考の質や種類が決定しています。</p>
<p>アスペルガーの多くは（特に内向型）、神経症的な気質を持っています。<br />
事実、臆病で情緒が乱れやすい。<br />
感情的な人種です。<br />
しかし、彼らの多くは論理的な思考を得意とします。<br />
小説よりも、論文やそれに近い情報を積極的に入出力します。</p>
<p>神経症的気質が、論理的思考を生み出しています。</p>
<p>続く。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>病気は気づきのためではない（１７）</title>
		<link>https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/363</link>
		<comments>https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/363#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 May 2015 23:28:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[yoshihamat]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[新しいスピリチュアルを構築しよう]]></category>
		<category><![CDATA[病気は気づきのためではない]]></category>
		<category><![CDATA[脱スピリチュアル]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; まずは、病気は気づきのためではない（１６）を読んでね。 部屋の散らかりによるストレスに、耐えられなくなるからではありません。 子どもという第三者に対して、あまりにも自分が無力であるという学習をしてしまうから ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>まずは、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/525">病気は気づきのためではない（１６）</a>を読んでね。</p>
<p>部屋の散らかりによるストレスに、耐えられなくなるからではありません。<br />
子どもという第三者に対して、あまりにも自分が無力であるという学習をしてしまうからです。<br />
「自分には、子どもを整える（？）力はないのだ」と。</p>
<p>おまけに、子どもの問題行動（？）は、部屋の乱れだけでは終らず多種多様に及びます。<br />
夜泣きから始まって、朝の身支度の遅さや極度のわがまま、琴線に触れる屁理屈などなど。<br />
やはり、自分の手にはおえない。</p>
<p>いよいよ無力感の学習は、深化の一途を辿ります。<br />
すると、「子どもには何を行なっても結果は出せない」という「確信」と、それに由来する「絶望感」を持つに至ってしまいます。</p>
<p>そして、母親のやる気は決定的に枯渇し、ウツ状態となってしまうのです。</p>
<p>続く。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<title>病気は気づきのためではない（１６）</title>
		<link>https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/525</link>
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		<pubDate>Sat, 16 May 2015 23:10:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[yoshihamat]]></dc:creator>
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		<category><![CDATA[病気は気づきのためではない]]></category>
		<category><![CDATA[脱スピリチュアル]]></category>

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		<description><![CDATA[まずは、病気は気づきのためではない（１）、（２）、（３）、（４）、（５）、（６）、（７）を読んでね。 ５・第三者から与えれた抗えない試練なので諦めるしかない、という絶望的な心境が生まれ、生活全般にそれが波及し後ろ向きな日 ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>まずは、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/347">病気は気づきのためではない（１）</a>、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/349">（２）</a>、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/350">（３）</a>、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/351">（４）</a>、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/352">（５）</a>、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/353">（６）</a>、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/354">（７）</a>を読んでね。</p>
<p>５・第三者から与えれた抗えない試練なので諦めるしかない、という絶望的な心境が生まれ、生活全般にそれが波及し後ろ向きな日常を送ることになる</p>
<p>について。</p>
<p>繰り返しですが、「病気は気づきのため」という理解には、高次の存在から与えられた「伝言」という意味合いが含まれています。<br />
そのため、病気という問題は自己完結的な出来事ではなくなってしまいます。</p>
<p>問題には２つの種類があります。</p>
<p>１・自己完結的に発生しているもの<br />
２・第三者が絡んで起こっているもの<br />
（全ては自分の意識が作り出しているという本質論はここでは採用しない）</p>
<p>解決の難易度で捉えれば、前者の方が圧倒的に容易い。<br />
それどころか後者は、場合によっては不可能に近いこともあります。</p>
<p>成人した女性が、自宅の掃除片付けを癖付けして、キレイに保てるようになるのはとても簡単です。<br />
（強いADHDには、極めて難しいけれど）<br />
そんな彼女でも、子どもが生まれ母親になると、整った部屋を維持することは極めて難儀となります。<br />
子どもという、操作（？）に苦労する第三者が、常に散らかしてくれるからです。</p>
<p>負担が増えるだけであるならば、問題はありません。<br />
残念ながら実際には、それだけにとどまらない。<br />
しばらくすると、彼女は重いウツを患うようになります。</p>
<p>続く。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>病気は気づきのためではない（１５）</title>
		<link>https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/362</link>
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		<pubDate>Fri, 15 May 2015 23:19:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[yoshihamat]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[新しいスピリチュアルを構築しよう]]></category>
		<category><![CDATA[病気は気づきのためではない]]></category>
		<category><![CDATA[脱スピリチュアル]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; まずは「病気は気づきのためではない（１４）」を読んでね。 おまけに、失敗もしくは憂苦を感じた時に用いられる「気づき」は、高次の存在という第三者から与えられたもの、という理解を含んでいます。 （人は精神衛生上 ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>まずは<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/361">「病気は気づきのためではない（１４）」</a>を読んでね。</p>
<p>おまけに、失敗もしくは憂苦を感じた時に用いられる「気づき」は、高次の存在という第三者から与えられたもの、という理解を含んでいます。<br />
（人は精神衛生上、自分自信に原因がある、という「気づき」を持つことができない。この編の<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/354">７</a>と<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/355">８</a>に詳細）<br />
そのため、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/361">（１４）</a>の失敗から学ぶ上での、自己完結的な途中過程を明確にしようという意識が薄らいでしまいます。</p>
<p>では、あくまでも現実的な自己完結的途中過程の把握や明確化に取り組めば、失敗から学ぼうとしても問題はないのか。<br />
そうではありません。</p>
<p>残念ならが、失敗を引き起こす原因や直接的要因というのは、成功のそれらよりも圧倒的に種類が多い。<br />
だから、前者から学ぼうとするのは、あまりにも効率がワルいのです。<br />
（もちろん、失敗の原因を知るのもとても大切だよ）</p>
<p>例え。</p>
<p>美味しい料理は、少ない。<br />
また、それを作ることは難しい。<br />
不味く手がけることは、簡単<br />
なぜか。<br />
不味くなる方法の方が、圧倒的に多いからです。</p>
<p>もう１つ。</p>
<p>誰でも不健康になる方法は、いくらでも思いつきます。<br />
しかし、健康になる方法はなかなか考えられません。<br />
人を病気にさせる因子は、無限といっていいほどに溢れ却り、その代わり（？）決定的に健康にさせる因子は、少ないからです。</p>
<p>失敗の原因を１つ１つしらみつぶしに探していくことは、学問上では有益ですが、日常生活においてはこれほどに非現実的な方法はありません。<br />
一生を、それに費やすことになります。</p>
<p>だから、数少ない成功の原因を知り真似てしまえば、望ましい状態を手に入れられます。<br />
とても、効率的です。<br />
（決定的な成功を決めるのは、言語化できない才能や感性、偶発的要素が大きいので、全ての原因を明確にすることはできないけどね）</p>
<p>しかし、「病気は気づきのため」という理解を重視してしまうと、</p>
<p>１・否定的な内省状態に陥り<br />
２・負の原因ばかりを注視してしまうがために<br />
３・成功した例から因子を抽出し<br />
４・それを明確な言語に表し<br />
５・再現していく</p>
<p>という意識と作業が、手薄になってしまいます。</p>
<p>人生を延々と、負の原因探しに注ぐことになります。</p>
<p>気づく度に、「健康や成功から遠ざかる」という矛盾に襲われます。</p>
<p>「病気は気づきのため」この理解を手放しで多用することに、深く疑問を持ってもいい時期に入ってきている。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<title>病気は気づきのためではない（１４）</title>
		<link>https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/361</link>
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		<pubDate>Thu, 14 May 2015 22:14:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[yoshihamat]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[新しいスピリチュアルを構築しよう]]></category>
		<category><![CDATA[病気は気づきのためではない]]></category>
		<category><![CDATA[脱スピリチュアル]]></category>

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		<description><![CDATA[まずは、病気は気づきのためではない（１）、（２）、（３）、（４）、（５）、（６）、（７）を読んでね。 ４・健康という「成功の型」から学習する重要性が、薄らいでしまう、 について。 人が、学ぶためには大きく２つの方向性があ ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>まずは、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/347">病気は気づきのためではない（１）</a>、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/349">（２）</a>、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/350">（３）</a>、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/351">（４）</a>、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/352">（５）</a>、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/353">（６）</a>、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/354">（７）</a>を読んでね。</p>
<p>４・健康という「成功の型」から学習する重要性が、薄らいでしまう、<br />
について。</p>
<p>人が、学ぶためには大きく２つの方向性があります。</p>
<p>１は、失敗から学ぶ。<br />
２は、成功から学ぶ。<br />
（チャラい自己啓発的な話になってきた）<br />
前者は、ただ失敗を経験すればいい、というわけではありません。</p>
<p>・原因は、心やトラウマではなく<br />
・表面的な行動や環境圧力などを注視し<br />
（環境圧力とは、環境によって強制的に行動が変えられてしまうこと。家でグダグダするのは、意識の問題ではなく、柔らかく心地の良いソファーやベッドがあるため、と認識する等。）<br />
・自己完結的に存在するという前提で<br />
（突発的な犯罪や災害などに対しては、自分に責任を持てなくていい。ただでさえ重過ぎる罪悪感に苛まれているのだから。）<br />
・現実的という条件の知識を多量に入力し<br />
・それを当てはめていく</p>
<p>という過程が必須となります。</p>
<p>後者は、</p>
<p>・特定の結果を出している現実的な思考、言動のパターン、環境圧力を特定し<br />
・それを、「強制的」に自分に癖付けさせて</p>
<p>いく行為が求められます。</p>
<p>「<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/347">病気は気づきのためはない（１）</a>、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/351">（４）</a>」でも記載したように、今まで気づきは、自分が痛痒を覚えた出来事を中心に多用されてきた理解です。<br />
ゆえに、思考の癖付けがなされ、それが固定観念に昇華し（？）してしまいました。<br />
そのため、成功は気づきのため、という柔軟性を失ってしまったのです。</p>
<p>続く。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<title>病気は気づきのためではない（１３）</title>
		<link>https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/360</link>
		<comments>https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/360#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 13 May 2015 22:48:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[yoshihamat]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[新しいスピリチュアルを構築しよう]]></category>
		<category><![CDATA[病気は気づきのためではない]]></category>
		<category><![CDATA[脱スピリチュアル]]></category>

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		<description><![CDATA[まずは、「病気は気づきのためではない（７）」を読んでね。 ３・結果として、ヒーラー、セラピスト界の質の向上を望めなくなってしまう について。 高い結果を出せるヒーラー、セラピストは「唯」意識、エネルギーもしくは哲学論を採 ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>まずは、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/354">「病気は気づきのためではない（７）」</a>を読んでね。</p>
<p>３・結果として、ヒーラー、セラピスト界の質の向上を望めなくなってしまう</p>
<p>について。</p>
<p>高い結果を出せるヒーラー、セラピストは「唯」意識、エネルギーもしくは哲学論を採用することはありません。</p>
<p>知識を</p>
<p>１・現実的、具体的という条件で<br />
２・多量に入力し<br />
３・それらを再結合させ<br />
４・新たな論理体系を構築したのちに<br />
５・現場で多用</p>
<p>します。</p>
<p>そういった人種（？）は、「健全な意味」で本質から外れ、人に対して傲慢な認識を持っています。</p>
<p>・現実次元の心と体の状態を決定するのは、意識、エネルギー、トラウマ、カルマ、学びではなく、物理的な因子（来談者を取り巻く外の環境、表面的な行動、動作の癖に代表される体の使い方、筋肉や人体、骨などの位置や柔軟性、栄養状態、）である</p>
<p>・来談者が改善しなかったのは、占星術で唱われているような宿命（？）や学びのためではなく、セラピスト自身の知識や能力、彼らの自発性ややる気を誘発できなかった自分の至らなさである</p>
<p>と。</p>
<p>そこに「気づき」は、介在しません。</p>
<p>ゆえに、進展が観られなかったのは、自分の未熟さに起因しているのだから、より勉強しようという認識を固めていきます。</p>
<p>そして、セラピスト、ヒーラーは、また１つ知性や能力を高めていきます。</p>
<p>いずれはそれを、他の同業者（？）と共有します。</p>
<p>この繰り返しにより、ヒーリング、セラピー界の次元は、螺旋的かつ加速的に進化していきます。</p>
<p>「病気は気づきのため」という理解を、否定しているからこそです。</p>
<p>「気づき」、この言葉は、ヒーラー、セラピストの怠惰や自己保身のために、極めて使い勝手がいい。</p>
<p>続く。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>病気は気づきのためではない（１２）</title>
		<link>https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/359</link>
		<comments>https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/359#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 12 May 2015 22:59:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[yoshihamat]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[新しいスピリチュアルを構築しよう]]></category>
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		<category><![CDATA[脱スピリチュアル]]></category>

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		<description><![CDATA[まずは、「病気は気づきのためではない（９）、（１０）、（１１）」を読んでね。 本質根源以外の主な要因として、人にとって思考することが最も苦痛の作業であることがあげられます。 確かに、人は四六時中思考を巡らせています。 な ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>まずは、「<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/356">病気は気づきのためではない（９）</a>、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/357">（１０）</a>、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/358">（１１）</a>」を読んでね。</p>
<p>本質根源以外の主な要因として、人にとって思考することが最も苦痛の作業であることがあげられます。</p>
<p>確かに、人は四六時中思考を巡らせています。<br />
ならば、苦痛ではないのではないか。</p>
<p>そうではありません。</p>
<p>思考は、</p>
<p>・知らなかった自分にとって難しい分野を<br />
・積極的に吸収し<br />
・それを土台とした上で<br />
・狭窄的にならないという条件のもと<br />
・新しい論理構築</p>
<p>をすることを指します。<br />
（他にもあるよ）</p>
<p>僕も含め多くは、</p>
<p>・あれ嫌だな、これ面倒くさいなあといった悩み妄想<br />
・思いつきでその先の展開がない刹那的発想<br />
・感情や思い込みによる決めつけ</p>
<p>に過ぎません。</p>
<p>例えば本。<br />
どんなに内容が秀抜であったとしても、難しいと全く売れません。<br />
その内容を薄めに薄め、短時間で読み終える形に編集すると、飛ぶように売れます。<br />
全般的に、人は思考することが苦手な生き物であることが、理解できます。</p>
<p>しかし、人は答えを出さない限り、心情のざわつきを止めることができない。<br />
それも、やはり苦痛です。</p>
<p>だから、<br />
・考える必要はない<br />
・大枠としては間違っていない<br />
・汎用性が高い</p>
<p>思考の「規則」を、用意しておく必要があります。</p>
<p>ゆえに「気づき」が、多用されるのです。</p>
<p>続く。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<title>病気は気づきのためではない（１１）</title>
		<link>https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/358</link>
		<comments>https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/358#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 11 May 2015 23:41:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[yoshihamat]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[新しいスピリチュアルを構築しよう]]></category>
		<category><![CDATA[病気は気づきのためではない]]></category>
		<category><![CDATA[脱スピリチュアル]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; まずは、「病気は気づきのためではない（１０）」を読んでね。 本質や根源は、統一や包括、もしくは網羅する、という意味合いを含みます。 この２つがあるからこそ、はじめて様々な事象、存在は創造されるので。 当然の ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>まずは、<a href="https://blog.yoshihama-tsutomu.com/next-spiritual/new-spiritual/357">「病気は気づきのためではない（１０）」</a>を読んでね。</p>
<p>本質や根源は、統一や包括、もしくは網羅する、という意味合いを含みます。<br />
この２つがあるからこそ、はじめて様々な事象、存在は創造されるので。<br />
当然のこと、全てを説明することも可能となります。<br />
そのため、必然的に実に使い勝手のいい役割を、任せられることになるのです。</p>
<p>例えば、<br />
スピリチュアルでは、波動や意識が自分を取り巻く環境の全てを作っている、と言われています。<br />
それらは本質であり、根源の存在です。<br />
だから、「日常生活における不調和の全ては、波動や意識の乱れが引き起こしている」、という理解に間違いはありません。<br />
実に、的確です。<br />
この言葉さえ憶えておけば、どんな難題の「原因」にも即答できます。</p>
<p>家庭不和、倒産、犯罪、環境破壊、政治経済の混乱、人間関係における苦しみ、その他諸々。</p>
<p>そして最後に、「そのことを、何者かが多様な軋轢を通して教えてくれている」と付け加えれば、道を示すという、さらに完成された答えが出来上がります。<br />
答えた側は、自分のそれに深く「魅了されて」います。<br />
正しく（？）「解」を見せられたと。</p>
<p>この自己完結的な「陶酔」や合点により、セラピストの思考はその時点で停止してしまいます。<br />
それゆえに、本質や根源とは程遠いあるいは稚拙な、しかし爆発的な知性を総動員しなければならない現実的な知識の収集と構築に向かうことはありません。</p>
<p>・認知行動療法<br />
・発達障がい<br />
・ペアレントトレーニング<br />
・ティーチプログラム<br />
・作業興奮<br />
・アサーションプログラム<br />
・ホルモン療法<br />
・環境心理<br />
・スマートコンパクトシティ<br />
・マイナス金利<br />
・教育バウチャー<br />
・行動応用分析<br />
・IRRFなどの会計基準<br />
・フィスカルフェッドなどの任期の長期化<br />
・医療費の包括化<br />
・保育の市場化<br />
・職務給制度</p>
<p>その他、山ほど。</p>
<p>本質や根源といった、実に「お気軽な理解」を手に入れてしまったがために。</p>
<p>続く。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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