まずは、隠れアスペルガーが最も支援と理解を得られない人種なのだろう(13)を読んでね。

若干、極論。

ここで、多くの隠れアスペルガーは、疑問を持ったと思います。
・話し上手の方向でなく、聴き上手の方向でやっていくのは分かった。
・ただ、相手の話しに全く面白さと関心を持てない。
・仮に、聴き上手の方向で円滑な対応ができたとしても、心のこもらない上辺の会話になってしまう
と。

それでいいのです。
定型発達者の多くは、
・真心の詰まった会話など、望んでいない(深い本心では、渇望している)
・彼ら同士の会話も、やはり上辺に過ぎない
であり、

・彼らが常日ごろ繰り広げている上辺の話しの取り合い、被せ合いよりも、たとえ演技だったとしても聴き上手の方が、相手は喜ぶ (ホテルスタッフは、客を心底愛しているわけでない。それでも、彼らから丁寧な接客を受けると気分は良くなる。)
・さらには、聴き上手は少ないので、貴重な存在として位置付けられる
・人の本能は、本音か否かを「言葉ではなく実際の行動」で判断する
・何よりも、隠れアスペルガー自身の人間関係が楽になる

という現実が用意されているのです。

隠れアスペルガーの多くは、極めて真面目です。
過剰な責任感、誠実さを自らに課してしまい苦しんでいます。
また、それが当然のことである、と思っている節がある。
それゆえに、人間関係においても、取り組むのであれば、誠心誠意でないと許されない、という倫理観に縛られています。

続く。

 

隠れアスペルガーは、神経症的に真面目すぎるゆえに、日常で辛苦を体験している。

【隠れアスペルガーという才能(ベスト新書)】